プロフィール

1986年生まれ。

2018年現在、2児の子を持つパパです。

趣味は、写真撮影と運動。

基本的に4時に起きて、ジムに行っています。

(↑ちょっと変態!?ww)

子供の頃から今までを、ちょっとだけ紹介しますね!

 

ど田舎で生まれ育つ

私は、1986年に、宮城県の田尻町(現在の大崎市)に生まれました。

「ど」がつくほどの田舎。

コンビニまでは自転車で30分。

(↑全然コンビニエンスじゃない。。。)

周りは田畑に囲まれ、夏の夜にはヒキガエルの大合唱。

本当にのびのびと育ちました。

ちなみに、ガンの飛来が有名なところです。

 

自分でもよく頑張ったと思える高校時代

中学までは地元で過ごし、高校は仙台の進学校へ通いました。

高校時代は、勉強とサッカーと通学ですごく忙しかった。。

電車と自転車で、通学に片道2時間弱。。

 

毎朝5:30に起床。

帰るのは20時を過ぎる。

 

今思えば、よくそんなことを3年もやってたなと思います。

今の早起きの習慣は、高校時代に3年間早起きした経験があったからこそです。

高校時代は、人生で2番目に頑張った時代だと思っています。

 

ど田舎から都会へ

大学は北海道大学に入学しました。

理由は2つ。

  • 親元を離れて一人暮らししたかった
  • 兄貴が北大だった

 

私の父親は厳格。

なので、当時は父のことがすごく嫌いでした。

だから、大学は絶対に一人暮らししようと思っていました。

東北大学だと通わなければならない可能性がある。

じゃあ北海道に行ってしまえ!

と言うことで北海道へ。

兄貴が北大にいて、頼れる人がいたというのも大きかったです。

 

大学ではもう、部活ざんまい。

勉強は定期テスト前にちょっとやるぐらいでした。

なので、成績は散々。

でも、留年しないギリギリは保っていたので、一度もダブることなく奇跡的に4年で卒業。

そのまま大学院試験も奇跡的に通過しました。

 

北大は、札幌駅から徒歩10分。

もう、めーーーっちゃ都会です。

コンビニのありがたさを初めて実感しました。ww

 

就職先を決定づけた大学院での研究

大学院では、マイクロアレイの解析をしました。

今では一昔前の技術ですね。

でも当時は、最先端の研究でした。

そこで出会ったのが統計。

マイクロアレイ解析は一言で言うと、「多くのデータから何か意味のあることを見つけられないか?」を研究する分野。

 

一度も統計を習ったことのない私。

どうしよう。

いや、どうしようとか言っている場合ではない。

独学で学ぶしかない。

そうじゃないと修士をもらえない。

 

ということで、独学で統計を学んでいきました。

いま思うと、よくあれしかない統計の知識で学会発表していたな、、、と恥ずかしくなります。笑

そして、大学院での研究がきっかけで、製薬会社へ就職することになりました。

 

最初は全く通用しなかった統計の知識

意気揚々と、統計解析の専門家として入社。

でも、私の統計レベルは最底辺でした。

かろうじて、T検定と多重性の問題を知っていた程度。

 

部署の中ではザコキャラ。

ドラクエで言えばスライム。

マリオで言えばクリボー。

ドラゴンボールで言えばヤムチャ。

 

だって、SE(標準誤差)を知らなかったんですもん。。

よくSEを知らずに大学院ではT検定やってたな。。

なので、ここでもさらに独学で勉強。

朝、出勤前に駅前のドトールで1時間。

これが、自分に課した課題です。

 

統計の知識がなかったからこそメタルスライムへ

そんなスライム的な存在の私でしたが、ひとつだけ強みがありました。

なぜか、他部署からは評判が良かったのです。

そしてふとした時に自己分析。

評判が良かった理由はこんな感じでした。

・自分が統計が分からなかったので、他の人が統計のどんなところでつまずくか分かる

・つまずくポイントが分かるので、アドバイスが的確(らしい)

・統計を学問として習ったことがなく、実務の統計を学んだので、自然とわかりやすく統計のことを他の人に伝えていた

・小学校3年生から大学院までずーーっと体育会系だったので、チームプレーとか得意だった

他の皆さんは、私よりはるかに統計知識がありました。

もう、羨ましくなるぐらい。

でも、会社では専門知識の他の部分も大事。

実は、統計専門家って、職人気質の人が多い。

なので、他から見たら取っ付きにくいって思われてるみたいですね。

そんな中で私の存在はレアキャラだったみたいです。

 

スライムからメタルスライムになった瞬間でした。

 

ちなみに、製薬会社で働いていた時代に、NEJMという論文に2つ共著者で出しています。

分かる人には、分かるかと思いますが、結構すごいことです。

(↑自分で言うなww)

会社を辞める時に、IF=100を持ち逃げする男、って言われました。ww

 

 

人生を考えることになった長女の誕生

そんなこんなで28歳のクリスマスイブ。

長女が誕生しました。

もう、本当に子供が好きなんです。

子供の誕生は、今までの考えが180度変わるぐらいのインパクトを与えました。

子供の誕生をきっかけに、独立を目指すように。

なぜか。

 

「お父さんを見てると、大人になるのって楽しそう!」

 

って思ってもらいたいから。

だから、やりたいことを仕事にしようと思いました。

 

趣味と強みを仕事に

今では趣味と強みを仕事にしています。

 

子供のいい写真を残してあげたい。

そう思って、カメラを勉強しました。

それが今ではカメラマンに。

 

カメラの知識を使って、カメラ用品の海外輸出。

それが今では、海外輸出コンサルタントに。

 

統計をわかりやすく伝える強み。

それが今では、統計研修講師と統計コンサルに。

 

カメラマン×海外輸出×統計

 

こんなことやっている人、きっといないですwww

ちなみに、海外輸出とかのデータ解析も自分でやっています。

今は、私の経験を生かして趣味と強みを収入につなげるコンサルタントもはじめました。

 

順調じゃなかった独立までの道

今では好きなことを仕事にできています。

でも、道のりは険しかったです。

 

私も奥さんも地方出身。

なので、両親のサポート皆無で子育て。

そして、サラリーマン生活。

で、独立するための準備。

 

もう、夜中の2時に寝て6時に起きるって生活を2年ぐらいしていました。

これが、人生で一番頑張ったと言い張れる時期です。

 

患者さんを第一に、という想い

独立した今でも、医療に関わる想いは変わりません。

どれだけ辛くても、どれだけしんどくても、私は健常者です。

頑張れることがすごく幸せなんです。

 

でも世の中には、生まれつきそうじゃない人もいる。

生まれた瞬間、歩けない人もいる。

生まれた瞬間、目が見えない人もいる。

生まれた瞬間、20年生きることができないと決まる人もいる。

 

そんな人たちを救えるのが、唯一、医療です。

 

子供を授かって、さらにその想いは強くなりました。

どんな人にも親がいます。

子供が嫌いな親はいません。

子供に障害があって悲しまない親はいません。

 

だから、そんな悲しみが一つでも少なくなるように。

だから、医療を支えたい。

だから、統計をみんなに知ってもらいたい。

 

そんな思いで活動しています。

 

では、興味があればメッセージでもなんでもお気軽にくださいねー!