疫学研究や医療統計の論文には、「オッズ比(Odds Ratio: OR)」と「リスク比(Risk Ratio: RR)」、すなわち「相対危険(Relative Risk: RR)」が頻繁に登場する。これらはどちらも「ある要因が疾病や事象の発生にどれくらい影響するか」を示す指標であるが、似て非なるものである。
特に、この2つを混同して解釈することは、研究結果を誤って理解することにつながる可能性がある。
本記事では、統計学の初心者でも明確に違いを理解できるよう、それぞれの指標の基本的な意味から、なぜ使い分けが必要なのか、そして実際の研究デザインにおける役割までを分かりやすく解説する。
はじめに:オッズ比とリスク比がなぜ存在するのか
知りたいのは、「ある行動(例:喫煙)」や「ある状態(例:高血圧)」といった要因が、「ある結果(例:肺がん)」の発生にどれだけ関わっているか、つまり相対的な危険度である。
理想的には、介入研究(ランダム化比較試験:RCT)によって、要因のあるグループとないグループを比較し、結果の発生率(リスク)を直接比べたい。この「リスクの比」こそがリスク比である。
しかし、現実の人間を対象とする研究では、倫理的な問題や研究にかかるコストから、介入研究が行えないケースが多々ある。例えば、「人を強制的に喫煙させる」ことはできない。
そのため、多くの研究では、既に要因を持つ人と持たない人を観察する「観察研究」が行われる。この観察研究の設計上の特性から、「リスク比」を正確に推定できない場合があり、その代替として「オッズ比」が利用されることとなる。
相対危険の推定値として:オッズとリスクの根本的な違い
オッズ比とリスク比を理解するには、「オッズ」と「リスク」それぞれの定義を知ることが重要である。
- リスク(Risk):ある集団において、特定の期間内に結果(例:病気)が発生する確率のことである。$$リスク = \frac{結果が発生した人数}{集団全体の人数}$$
- オッズ(Odds):結果が発生する確率と、結果が発生しない確率の比のことである。$$オッズ = \frac{結果が発生する確率}{結果が発生しない確率} = \frac{結果が発生した人数}{結果が発生しなかった人数}$$
リスク比 (Risk Ratio: RR)
リスク比は、要因があるグループとないグループのリスク(発生確率)の比である。文字通り「相対的な危険度」を示す。
$$リスク比 = \frac{要因があるグループのリスク}{要因がないグループのリスク}$$
- RR = 1.0:要因と結果に関係はない
- RR > 1.0:要因が結果の発生リスクを高める
- RR < 1.0:要因が結果の発生リスクを下げる(予防効果など)
オッズ比 (Odds Ratio: OR)
オッズ比は、要因があるグループとないグループのオッズの比である。
$$オッズ比 = \frac{要因があるグループのオッズ}{要因がないグループのオッズ}$$
リスク比とオッズ比の関係
重要なのは、オッズ比はリスク比を直接的に示すものではないということである。
ただし、研究対象となる結果(病気など)の発生率が非常に稀(概ね10%以下)である場合、オッズはリスクに非常に近くなる。
💡 ポイント
- 稀な事象の場合: $\text{オッズ比} \approx \text{リスク比}$
- 稀ではない事象の場合: $\text{オッズ比} > \text{リスク比}$(要因がリスクを高める場合)
結果の発生率が高い場合、オッズ比はリスク比よりも極端に大きな値を示しがちになるため、「リスク比を過大評価」してしまうことに注意が必要である。
観察研究では必須な多変量回帰モデルの観点から
実際の研究では、分析したい主要な要因の他にも、結果に影響を与える可能性のある要因(交絡因子)が多数存在する。例えば、喫煙と肺がんの関係を調べるとき、年齢や性別なども影響する。
これらの交絡因子の影響を取り除き、知りたい要因の「純粋な」影響度を推定するために、多変量回帰モデルという統計手法が用いられる。
| モデルの種類 | 主に推定される指標 | 主に用いられる研究 |
| ロジスティック回帰分析 | オッズ比 (OR) | 幅広く用いられる |
| 修正ポアソン回帰分析 | リスク比 (RR) | 主にコホート研究などで用いられる |
オッズ比が広く使われる理由
統計モデルの中で、オッズ比を推定するロジスティック回帰分析は非常に扱いやすく、安定した推定結果が得られるという利点がある。
一方、リスク比を推定する修正ポアソン回帰分析などのモデルも存在するが、ロジスティック回帰分析の統計的な「使いやすさ」や歴史的な背景が、オッズ比が疫学研究で広く利用される大きな理由の一つとなっている。
研究デザインから:前向き vs 後ろ向き
オッズ比とリスク比の使い分けは、研究のデザイン(設計)によって必然的に決まることが多い。
1. 前向き研究(コホート研究、RCT)
研究開始時点で要因を持つ人・持たない人を決め、将来の結果の発生を追跡調査する研究である。
実臨床データを用いたいわゆる「レトロの研究」もこちらにあてはまる。理由は、イベントが起きる前の診療データがそろっているからである。過去起点コホート研究とも言われる。
- デザインの特徴: 集団全体のリスク(発生確率)を直接算出できる。
- 主な指標: リスク比 (RR) または オッズ比 (OR) の両方が算出可能。
💡 追跡調査の結果、要因がある集団でのリスク(発生率)を正確に計算できるため、リスク比を直接推定するのが最も望ましい。多変量解析には、修正ポアソン回帰分析が用いられる。ロジスティック回帰分析を用いる場合はオッズ比となる。
2. 後ろ向き研究(症例対照研究)
研究開始時点で既に結果(病気)が発生した人(症例)と、発生していない人(対照)を集め、過去に要因があったかどうかを遡って調査する研究である。
- デザインの特徴: 集団全体のリスク(発生確率)を正確に算出できない。
- 主な指標: オッズ比 (OR) のみが算出可能。
💡 症例対照研究では、病気の発生率(リスク)を研究者が意図的に操作して集団を作っているため、この集団の「リスク」は一般集団のリスクとは異なる。そのため、リスク比を正確に計算することが不可能であり、必然的にオッズ比を用いる。
結局どちらがいいのか:利点・欠点・使い分け
リスク比 (RR)
| 利点 | 欠点 | 使い分け |
| 解釈が直感的:「リスクがX倍になる」と分かりやすい。 | 稀ではない事象の場合、後ろ向き研究では算出できない。 | コホート研究やRCTで、結果の発生率が比較的高い場合。最も知りたい真の相対危険度として。多変量解析には修正ポアソン回帰分析を用いる。 |
オッズ比 (OR)
| 利点 | 欠点 | 使い分け |
| 症例対照研究(後ろ向き研究)でも算出可能。 | 稀ではない事象の場合、リスク比を過大評価しやすい。 | 症例対照研究で、他に選択肢がない場合。結果の発生率が稀な疾患の場合。ロジスティック回帰分析を用いた多変量解析を行いたい場合。 |
結論:研究を理解するための最も重要なルール
論文や記事を読む際は、まず「リスク比」と「オッズ比」のどちらが使われているか、そして「研究デザイン(コホートか、症例対照か)」を確認すべきである。
疾患の発生が稀であれば、オッズ比をリスク比とほぼ同じように解釈して問題はない。そうでなければ、「オッズ比はリスク比よりも大きめに出ている」と心に留めて解釈するようにする。
まとめ
| 指標 | 意味合い | 算出可能な研究デザイン | 稀な事象の場合 |
| リスク比 (RR) | リスクの比。真の相対的な危険度である。 | 前向き研究(コホート、RCT) | $\approx$ オッズ比 |
| オッズ比 (OR) | オッズの比。統計的に扱いやすい。 | 前向き・後ろ向き研究(全て) | $\approx$ リスク比 |
オッズ比とリスク比は、どちらも要因と結果の関係を示す上で欠かせない指標であるが、その違いは統計的な定義と研究デザインの特性に起因する。
それぞれの特性を理解することで、論文や統計ニュースをより深く、正確に読み解くことができるようになるだろう。




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